これはとても偶然でした。軽井沢にトイ・ミュージアムというのがあるんですが、私はそこで半年間企画展示の作品を出していました。
それをご覧になったエールの社長さんが「おもしろい作品だ!この人にデザインをお願いしたい」と直接連絡があったのです。私は立体やフィギュアは黎明期の頃からやっていましたがパチスロは全くしたことがなく、はじめは立体デザインとパチスロがなぜ結びつくのかわかりませんでした。
会社に伺い「役物」というものが立体で、パチスロの内容もゲーム、フィギュア世代層になっていると聞いてはじめて納得がいったわけです。
私が参加したとき、内容はまだ決定していませんでした。古びたホテルを舞台にホ ラーストーリーが展開する簡単なシナリオとイメージムービーだけでしたがドクロと 、棺桶、舞台のホテルを入れたいとの希望がありました。棺桶の内部を発光させる というのもありました。
そこからイメージをふくらませ棺桶はじめじめとした地下室でドブネズミがいる。ホテ ルは尖塔のある洋館で海辺の崖に立っている感じ。 ドクロは黒魔術のイメージで使魔の黒猫がいます。猫にはカラスの翼をつけました。 デザイン案でどくろを光らせたイメージスケッチを提出すると「棺桶よりもこっちのほ うがよい」というように変わりました。問題は骸骨の目をどうやってきれいに光らせ るかでした。
これは造形屋さんがいくつも試作を作って実験をしてもらったのです。 役物はいすに座ったお客さんの目線よりも高いので土台を斜めにし見やすいよう にしました。また、3つの役物は120度の扇形スペースに配置させねばなりません し、速いスピードで回転するため強度も要求されました。そこは造形屋さんがうまく 処理しましたが、もともとは猫もドブネズミもネジ止めのネジを隠すという目 的があったんです。
造形屋さんは私と古くからつきあって頂いているところなので技術的な心配はあり ませんでした。しかし、スケッチと試作と量産では全然違ってくるのではじめから量 産を意識したデザインにしなくてはなりません。
一点物のアート作品とはここが違います。
どくろのメタルフィギュアなんて欲しくないですか?
多田敬一(イラストレーター)
北九州市で誕生。
大阪芸術大学インダストリアルデザイン卒業。
卒業後上京。今でいうフリーターを一年ほど。
おもちゃのデザイン会社に入る。
アニメ企画や男児玩具のデザイン。
工業デザインの会社へ。「学研の科学」の付録
などデザイン。
1990年フリーランスのイラストレーターになる。
そのまま現在に至る。
■主な仕事
ソフトバンク[RPG辞典シリーズ」
・新紀元社「武器屋」「中国の武器甲冑」
・昭文社「マップルマガジン」イラストルポ
・秀和システムトレーディング「コンピューター
ユーザーガイド」
・ベネッセコーポレーション「子供チャレンジ」
・福音館「大きなポケット モブ博士シリーズ」
・ゲーム企画とアートディレクト(没になった) B
NN「幻想メカニックガイド」
・ダイヤモンド社「地球の歩き方 イラストルポ」
・アニメ設定 「王立宇宙軍」「ドラゴンクエスト」
・朝日新聞週間百科「世界の都市」
■受賞
・1991年 集英社第6回 「金の熊賞」準グランプ
リ
・第二回「国際めがねデザインコンペション」
グランプリ
・1992年 東急ハンズ「ハンズ大賞」審査員賞
・[ガラス瓶デザインコンクール]審査員賞
・1993年「犬小屋デザインコンペ」 デザイン賞
・1994年 「ギャラリーピクチャーイラスト大賞」
銀賞
・1998年 TV「誰でもピカソ」アートバトル
メダル獲得
■活動
・[アート縁日」 「コミティア」 「ワンダーフェス
ティバル」に出展
・「松本クラフトフェア」「アートin長浜」毎年参加
・1996年 相模大野でグループ展「ロボット展」
・1996年 伊勢丹相模大野店「グループ展」
・1997年 伊勢丹府中店「グループ展」
・1998年 伊勢丹松戸店「個展」
・1999年 大丸デパート「グループ展」
・2001年元町ギャラリー「個展 tada博物館」


